その昔、ヒポクラテスの誓いを岩波文庫で読んだ時、ひどく感心した記憶がある。古典ギリシア期において、高い道徳意識で施療看病にあたった医療集団がいたことへの驚嘆である。彼らはギルドのような集団を組んでいた。コス島のヒポクラテス一派である。
その誓いを含む著作物は今につたわる。
例えば、「どんな家を訪れる時もそこの自由人と奴隷の相違を問わず、不正を犯すことなく、医術を行う」というくだりだ。
奴隷階級と自由人とを隔たりなく接して医療を行う姿勢、これを日本でも古来から「医は仁術なり」とまったく方位に違いはない。
東西でのこの一致も、ある意味不思議なことではある。
これは何も西洋医術の流入した江戸時代に始まったわけではない。わが国宝の『医心方』(984年)にすでに記されているのだ。平安時代の医師丹波康頼による最古の医書である。
その全三十巻の第一巻に医療倫理が示される。有名な文を抜き出しておこう。医師はすべからく
先ず大悲惻隠の心を発して、あまねく含霊の病を救わんことを誓願せよ
とある。含霊とは動物一般を指す。人のみならず動物も救済対象とするのだから、コスのヒポクラテスの誓願よりも幅が広い。仏教医学の思想がここに反映されているのであろうが、日本においても古代ギリシア同様な職業倫理が意識されていたのだ。
というわけで、医療の根底には「平等なる救済への願い」とでもいうべき倫理観が埋め込まれているのだ。
現在、筑摩書房により『医心方』は刊行が進んでいる。
- 作者: 丹波康頼,槇佐知子
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日本の医療倫理の史的概観がこの書籍が典拠となろう。
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