サイエンスとサピエンス

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分子の立体異方性

 有機化合物の光学的非対称性について、最初の発見者はルイ・パスツールだった。左旋光の酒石酸の結晶と右旋光のそれを顕微鏡で選り分けて、偏光面が異なることを示した。それが19世紀。ビオーという物理学者が予言したのだが、そのビオーの目前で実験を行い、老科学者をいたく感動させた逸話は有名だ。
 それを立体化学という視点で理論化し、つまり、立体幾何的にモデル化をした。同時に検証したのがファントホッフである。1901年最初のノーベル化学賞を受けたのは別の研究成果だったが。
 というような偉業を始めて知ったのはマーティン・ガードナーの『自然界における左と右』のおかげだ。この初版の査読者にファインマンが入っていたのは流石や。
 でもって時代がくだり、立体異性体の研究が進む。2001年に野依良治氏らにノーベル化学賞が授与されたのはまさにこの分野だったわけだ。立体異性体を工業的に合成する技術を確立したことへの評価だったのだ。

 これが著しい貢献を生み出しているのは「薬品」分野なのだ。
 麻酔剤のブピバカインは安全だということになっていたが、1979年数例の心肺停止が報告された。実は右旋光(L型)と左旋光(D型)のブピバカインで異なる副作用の出方となることが判明。L型は副作用がないのだ。現在ではLブピバカインが処方されるようになった。Darvonという鎮痛薬はその立体異性体Noradの薬効は鎮咳剤になる。
 サリドマリドもDサリドマリドは有効な睡眠薬で副作用は知られていないが、Lサリドマリドは奇形を生み出す。ところが立体異性体は安定していないという事情があるらしく、生体内で入れ替わることもあるらしい。
 これが「精神疾患」薬でも起きているのが興味深い。
Ketamineは片方は麻酔薬であり、その立体異性体は幻覚を生み出すそうだ。
 麻酔薬の異性体が幻覚剤になりうるというのは、痛みについての認識論に詳しい言語哲学者たちはどんな反応を示すだろうか?


【参考文献】

新版 自然界における左と右

新版 自然界における左と右

非対称の起源―偶然か、必然か (ブルーバックス)

非対称の起源―偶然か、必然か (ブルーバックス)